それでも急いで母の後を追った。
(なるほど、これは相当なものだ!)と、新子は思った。もう自分を雇ってくれることが定っていながら、二、三日の内に通知するなどいうのは、何事にも勿体ぶろうという夫人の趣味であろう、と新子は見てとった。
それから、新子を晩餐《ばんさん》に招じておいて、それを路子や良人への目つぶしにして、スラリと外出してしまうなど、心得たものであると思うと、新子は、これは、路子のいった通り、生やさしいご主人でないと思った。
自分に会うために、着物を著換《きか》えたのだろうと思ったことなど、たいへんなうぬぼれだった。
それに第一、日曜の晩に、良人と子供とを放りぱなしにして、外出する! 普通の奥さまには、とても出来そうもない芸当を、アッサリと、威厳と自信とに充ち、優美な態度を崩さずに敢行する、それは新子にとっては、一つの驚異だった。
だが、それを見送って、のどやかに眉一つ動かさずにいる準之助氏の態度も、落着いたものだった。(こんなことに馴れ切っているのかしら、それとも止《や》むを得ぬ外出先なのだろうかしら)などと、新子は去った夫人と残っているご良人《りょうじん》とのことを等
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