に、つけっぱなしの電燈の下に、蚊帳《かや》は広々と、美和子の寝床は空《から》であった。新子も、反感めいた気持で、空っぽの寝床に背を向けて、今夜は美和子の帰らない内に、どうでも寝つこうとし、寝つくために、何か下らない古雑誌でも読もうと、床を這《は》い出して、机の前にいざり寄ると、階下からしのびやかに、母が上って来る足音がした。
「おや、起きてるのかい。」と、近寄って来て、小声で、
「ねえ。どうしたんだろう美和子は。遅いったって、こんなことは今までにないんだけれど……」不安げに云った。
「大丈夫ですよ。」美和子のことなんか、誰が心配してやるものかと思った。
「だって、もう一時になるのよ。」新子には、連れが美沢だと判っているだけに、心配する気にはなれなかった。
「相川さんのところにでも行って、泊ってしまったんでしょう。」母への気安めを云った。
「だって、お友達は、みんな避暑に行ったと云って、こぼしていたんだが……」
「じゃ、避暑地へでも誘われたんじゃない。今日、出がけに、お小づかいを欲しがっていましたもの……」
「そうかしら。こんなに遅くなっちゃ、心当りへ電話をかけるわけにも行かないし……明
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