日帰って来たら、よく訊き質《ただ》して叱ってやっておくれ。私の云うことはバカにしてちっとも聴かないんだから……」母親は、なおクドクドこぼしながら、階下《した》へ降りて行った。ガーゼの浴衣《ゆかた》を着た母の姿が、空気の抜けた風船のように、小さくあわれに見えて、気の毒であった。だが、新子はもう、美和子のことなど、心配してやる気はなかった。
 美和子は、思いきりよく美沢に呉れてやれ!
 そして、その心の傷を癒すためには、前川氏の好意に甘えて、風変りの新生活に、飛び込んでみよう。そのために、一家の生活が安定を得れば、母だって喜ぶに違いない。新子は、そう決心すると案外、気持が落着いて、眠ることが出来た。
 翌朝、眼がさめたのは、八時であった。美和子の床は、昨夜《ゆうべ》のままで、少しも乱れていなかった。午後になっても美和子は帰って来なかった。二時頃、母親が美和子の心配で、昨夜ろくろく寝なかったらしい表情で、二階へ上って来た。
「美沢さんのお母さんが、何か話があるといって、お見えになったのよ。お前は、よく知っているのだから、お前降りて来て、話をきいてくれないか。」新子は、また胸を衝かれるような気
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