を受けながら新子は、だまって味わうように準之助氏の言葉を、聞いていた。
「僕の、前によく友人と行っていたクララという小さい酒場《バー》ですが、客がとても多いんですよ。二十三と二十の兄妹が、二人|限《ぎ》りで三千円ばかりの資本ではじめたというのですが、この頃なんぞ兄の方は金廻りがよくて、競馬などに行ってるという話……食物《くいもの》商売は確かにうまく行きさえすればいいんですよ。」
「はア……そのお話、私よく考えさせて頂きますわ。」
「ああ、それは、……僕は、貴女が、どんなことなさっても、前にも申しあげたように心安く援助させて頂きたいんですから、よくお母様ともご相談なすって……」と、そこで、準之助は、葉巻を出して、火を点じながら、
「コーヒは、あちらで頂きましょう。」と、云って、立ち上った。
 また、さっきの待合室のソファに、二人並んで腰をかけると、新子は一時間も食事に時間を費《ついや》したことに気がついて、
「今日は、会社の方は……?」と、訊ねた。
「僕はもう、今日は会社の方へは参りません。貴女、何かご用事でもおありになるんですか……?」と、訊ねかえして来た。
「いいえ。私は浪人でござい
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