である。窓からは、雨に黒々と濡れている街の屋根が、遠くはるかに眺められて、雨が降っていても、ここ食堂の光線は、豊かに明るかった。準之助は、窓外に眼をやって、ナプキンを拡げながら、
「我々と雨とは、縁があるんじゃないですか、あの日も、今日も……」あからさまに、楽しい思出を辿るような視線で、そういう準之助氏の言葉に、
「え、ほんとうに。」と、答えたが、何だか情《じょう》を迎えるような調子であったことに気がつき、自分一人で羞かしくなり、頬が熱くなった。
六
もはや雇傭関係のない――主人でなく、家庭教師でなくなった二人の物いいは、自然と、わけ隔てがなく、フォークをときどき、休めて優しく話し合った。
「姉に、あんなことをして頂くと、ほんとうに困りますわ。姉は、演劇狂なんですもの、そのためには、どんなことをしても許されると思っているらしいんですもの。この先、どんなご迷惑をおかけするか……」
「いいじゃありませんか。僕は、ああいう方も好きですよ、一本気で……貴女よりもずーっと、子供みたいで……」
「いやでございますわ。そんな比較なんかなすって? もう、どうぞ私達姉妹のことは、捨
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