三
新子は、憤《いきどお》りで身体が、熱くなっていた。今まで比較的に、平穏無事であったために、軌《きし》み合うことなしに過ぎた二人の性格の歯車が、今やカツカツと音を立てて触れ合っているのだった。なまじ、相手が肉親であるだけに、つい言葉も、ぞんざいになり、一旦云い出したとなると、真正面から遠慮会釈もなく、切り込む新子の太刀先《たちさき》を、あしらいかねて、圭子はタジタジとなったが、すぐ立ち直ると出鱈目な受太刀を、ふり廻し始めた。
「私が、前川さんから、いつ乞食みたいに、お金を頂いたと云うの……。貴女は、お金というものに対して、俗人根性を持っているから、そんなことを云うんだわ。前川さんは、演劇の愛好者だわ。その方が芸術のために、下さったお金は、浄財よ。それを頂くことなんか、恥でも何でもないわ。だから、私前川さんに、個人で頂くのではない。会として頂くと云ってお断りしておいたわ。だから、個人としての私が、恩に着ることはないし、まして私の妹である貴女が、眼に角を立てて、ワイワイ云うことではないわ。」
「おだまりなさい。下らないわ。前川さんは、私の姉としての貴女だから、会ったのよ
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