だけれど、いわずにいられないわ。ねえ。」
「何? 一体。」
「私ね、やっぱり、前川さんのところに、お礼に行くことにしたのよ。」
「お止しなさいったら……」
「いやアね。人の話を半分しか聞かないで……もう行って来ちゃったのよ。」と、圭子は、福引の一等でも当てたように、得意な表情をした。
「嘘でしょう。いつ? 行く暇なんかないじゃないの。」
「今行って来たのよ。」
夕景、銀座へ行くといって出かけた姉であった。新子は姉の非常識に、半ば呆れながら、
「いやだわ、お宅へ行ったの。前川さん、びっくりなすったでしょう。まあ! ひどいことするわ!」烈《はげ》しい非難をこめた。しかし、それは姉に通ぜず、
「前川さんて、素晴らしい紳士じゃないの。あんないい方ないわ。私ね、貴女が厭《いや》がっていたから、内緒にしておくつもりだったけれども、前川さんに言伝《ことづて》を頼まれちゃったのよ、貴女に、至急会いたいって! 令夫人は、帰っていないらしいわ。」
「いやだわ。行くのおよしなさいって頼んでいるのに、内緒に行って、そんな余計な言伝なんか頼まれて! お姉さまが直接お礼に行ったとしたら、私もう一生行かなくっても
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