だが、五分と経たない内に、帰って来た。
 準之助の中座を、気にしていたらしい圭子は、
「ほんとうに、もう失礼いたしますわ。」と、いいわけのようなことをいいながらも、準之助氏が、席に落ちついて、吸《すい》さしのシガーに火をつけると、また喋り出した。
「私に、もっと力があれば、費用なんかみんな出したいんですの。でも、父が死にましたし、つい新子に、あんな無理なんか申しましたの。でも、お金があると、何かといいですわね。方面は違いますけれど踊りの花柳登美さんなんか、舞台衣裳に、お金を糸目なくおかけになるので、あの方の芸が、それだけ引き立つんですわねえ。」と、少し脱線気味である。
「失礼ですが僕貴女の劇団の基金として、これを差し上げることに致します。」と準之助氏は、袂《たもと》から白い封筒を取り出すと、圭子の顔を見ないように、卓子《テーブル》の上をすべらせた。

        七

 圭子は、差し出されたその白い封筒を、一眼見ると、興奮に明るんでいる顔を、一層赤くして、
「いけませんわ。」と指先で、押しもどした。
「お収めになって下さい。失礼ですけれども。」
「だって、いけませんわ。今日は
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