《あて》にして、やりはじめたんですが、この間の公演のとき、配役が不満で、間際になって、およしになりましたので、それでスッカリ予定が狂って、あわててしまったんですの。ほんとに、そんな役不足なんかおっしゃる方は、芸術を理解していらっしゃらないんですわねえ。」
「はア。」準之助が、大人しく聴いているのをよいことにして、どこまで続くか分らないお喋りであった。
こうした演劇熱に夢中になるような姉を持ち、母や妹を控えて、一家の中心として働こうとしていた新子を考えると、自分の新子に対する行為が、結局新子の職業を奪ったことになったのが、ひどく悲しまれた。新子に対する償いのためにも、また自分の助力で、一つの研究劇団が興行を続け得るという楽しみのためにも、少し金を出してもいいと考えた。
「じゃ、劇団には基本金というものが、ちっともないんですか。」
「はア。」
「稽古を始めるのにも、いろいろお金がいるでしょうな。」
「交通費なんか、自弁なんですの。でも、貸席の費用とかお弁当とかそれに宣伝もしなければなりませんし……準備に四、五百円は……」
「ちょっとお待ちなさい!」と、立ち上ると、準之助は部屋を出て行った
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