うになりましたの。まだ、自分の天分には、充分な自信は持てないんですけれども……」
「はア。」一気に、喋りまくられて、準之助氏は、呆れながらも、しかし悪い気持はしなかった。涼やかな娘らしい声と、邪気のない、一本気な心の底が、見通せるような女性なので、微笑と共に肯いてみせた。それをよいことにして、圭子はすぐ話をつづけた。
「あのお金を届けて下さいましたときは、ほんとうに大助かりでございましたの。みんな学生ばかりですから、お金はちっともございませんでしたの。あの日も、劇場の借賃が払える払えないで、騒いでいましたの。ところへ、あのお金が来たものですから、みんな躍り上って欣《よろこ》びましたの。あの奥さまも、劇がお好きなんでございましょう。」
「いや、妻は……」
「まあ、お好きじゃございませんの、それは残念でございますこと……私また奥さまもお好きで、奥様のお口添もあったと思っていましたの……」
「いや。しかし、大変よい評判で、結構でした。軽井沢に居りましたので、新聞の批評だけで、舞台は拝見しませんでしたが……」
「それは、残念でございましたわ。初舞台ですから、充分工夫が出来ませんでしたの。あんな
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