られなかったのですの。ありがとうございましたわ。あの……劇は、よっぽど、お好きでいらっしゃいますの。」
こちらが訊いた新子のことなどは、てんで触れようとしないのだった。自分のことしか話せないわがままな、しかし悪気のない性質だということが、感ぜられた。
「はア、昔は好きでしたが……」
「学校時代には、ご研究になりましたの? 何かお演《や》りになったことなどございません……」演劇以外には、人生にやる仕事がないと云わんばかりの演劇至上熱の中に、相手を引きずり込もうとするような訊き方だった。
「とんでもない、ただ見るのが好きなばかりでした……」と、準之助は、あわてて打ち消した。
五
演劇マニヤともいうべき、圭子は少しもたじろがず、
「でも、そういう方も、頼もしいんですわ。私なんかも、最初は見るばかり、読むばかりで満足したり、興奮したりしておりましたんですが、お友達の間に研究会というのが出来まして、新しい戯曲を訳したり、朗読したりしています内に、どうしても舞台に立たねば、収まらなくなりましたの。だから、先日の公演を機会に、学校の方はよしまして、舞台の方へ専心したいと思うよ
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