、浴衣ではわるいと思い、さっき脱いだ黒い上布《じょうふ》に着かえ、応接室へ急いだ。
 だが、応接室へ、顔をのぞかせて、思わず、
「あっ!」と、小さくはあったが、口に出して叫んでしまった。彼は、訪客を新子であると信じ切っていたのに、彼が部屋へはいると同時に、立ち上った女性は、全然見知らぬ女性であった。しかも新子くらい美しい……。

        四

 準之助がけげんな面持で、一歩を部屋の中に進めると、見知らぬ美しい女性は、たちまち立ち上って、愛嬌深く笑った。その唇元《くちもと》で、準之助は、やっとこの女性は、新子の姉妹であると思い当った。かれも初めて、親しい笑いをもらして、軽く一礼した。
「妹だとお思いになったのでしょう。私、新子の姉の、南條圭子でございます。妹がいろいろお世話になりまして……」鹿つめらしい挨拶に、
「いや。どうぞ、おかけ下さい!」と、席に落着かせた。新子の電話を待ちつづけた準之助には、思いがけない姉の訪問は、多少とも心うれしいことだったが、同時に新子が病気にでもなって、その断りに姉をよこしたのではないかと、少し不安になっていた。
 新子よりは、二つくらいは上の二十三
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