の十二畳のガラス障子を開け放って、冷たい飲み物を前に、涼を入れていると、縁側に女中がピッタリと坐って、
「あの、南條さんとおっしゃる方が、お見えになりました。」と、しかつめらしく云った。
「えっ!」と、思いがけないことなので、訊き返すと、
「若い女の方でございます。」という。あまりの吉報なので、かえって信じられず、
「おかしいな。軽井沢に行っている南條先生かい?」と訊き返すと、
「さあ。私は、南條先生には、お目にかかったことはございませんけれど、多分その方でございましょう。若い、お美しい方でございます。」と云う。
 準之助は、そう答えられると、もう疑う余地はなかった。(電話をくれ)と云ったのを相手はまだるしとして、直接に来てくれたのである、あの人が、こんなに簡単に手がるに(妻も一しょに帰っているという危険もあるのに)来てくれるとは思わなかった。――ともあれ、早く会いたい。にわかに、生々《いきいき》とあわて出した。
「応接室へ――暑いだろうね、どこも……」
「はあ。」
「と云って、ここじゃわるいし。応接室へ、煽風器をかけて、冷たいものを差し上げて……」自《おのずか》ら弾む口調で、命じると
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