てるように、階下《した》へやると、前川氏への手紙を書き始めた。
 会いたくないことはなかった。自分独りが、こづき廻されているような、悲しい気持を慰めてもらうのには、前川氏に会うのが、一番だったが、こんな迷《ま》い子みたいな今の気持で、前川氏に会うことは、避けたいと思った。今日など会って、こちらの悲しみを話し、お互に慰め合ったりしていると……そこまで考えると、空恐ろしくなったので、このまま会わないか、でなかったら、当分の内でも、会わないことにしたいと思った。

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ただ今、速達を頂きました。私の突然な帰京で、お心を乱してすみません。何とか、一言ご挨拶すべきであったと後悔しています。
お詫びなどと、おっしゃられると、かえって困ります。私も、軽井沢にいたときのことは、みんな夢であったと、忘れ棄てるように努めますゆえ、貴君《あなた》様も、あれは夢であったとお忘れ下さいませ。折角のお手紙ですが、今お目にかかりますのは、何となく恐ろしい気が致しますゆえ、もっと時が経ってから、一度お目にかからせて頂きます。蔭ながら、お子様のご幸福とご健康をお祈りいたします。
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