奥さまと、うまく行かないの。今朝起きてそのことを考えていたら、つい悲しくなって! でも、もうなんでもないの。」
「お父さまがね、生きていて下さったら、お前に他人《ひと》さまのご飯をたべさせるようなことは、しないでも済むのに……お父さまも、もう五年生きていたいと、おっしゃっていたが……奥さまはむずかしい方らしいと、初めからお前も云っていたね。あんなに遅い汽車で、若い娘を帰しておよこしになるなんて!」愚痴まじりに、母の声が悲調を帯びて来た。
 新子は、母に狭く見えると云われた額のあたりをさすりながら、つとめて快活に、
「汽車なんか、私が勝手に遅い汽車に乗ったのよ。そりゃ、お子さん達は、とても素直で可愛いのよ。私に、とてもよくなついて、女のお子さんなんか、病気中、まるで私がお母さんの代りなの。だから、ご主人が、あんなに沢山お金《かね》下さったのよ。ねえ、お母さん! あのお金、どうなすった? 月末の払いをして、少しは残ったでしょう?」と、訊ねると、
「お金って、何だろう。」と、母は、けげんそうに、目を刮《みは》った。
「あら、いやアね。お嬢さまが、ご病気の時、私がよく看護してあげたので、そのお
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