のない人のように、恨みっぽく、姉にも少し当てつけていうと、また涙になりそうなのを、やっとこらえた。
「新子、起きたかい、起きているなら、ご飯たべたらどう。ここが、片づかないから。」と、母が階下《した》から声をかけた。
「はーい。ただ今。」新子は、それを機会に姉を棄《す》てて、下に降りた。

        七

 下の茶の間には、もう夏の陽がカッと反射して明るかった。
 新子は、茶卓の前に、まだ尾を曳《ひ》いている悲しい気持を、紛らわすように、朝刊を展《ひら》いて坐った。
 母は、ギヤマンの壺から、梅ぼしを小皿にわけて、茶を入れてくれたが、
「どうしたの。新子、額が狭くなったみたいよ。たいへんな顔をしてるわねえ。どうしたの。」心配そうに尋ねた。
「何でもないのよ。」と、母にも少し、すねて答えると、
「何でもないって! 昨夜《ゆうべ》だって、あんなに突然帰って来て、顔色もよくなかったし、こっちだって心配で、昨夜はろくすっぽ[#「ろくすっぽ」に傍点]眠りもしなかったのよ。話しておくれ、ほんとうに、どうおしだい?」
「どうもしないわ。ただね、前川さんの方、もうダメになってしまったの。どうも、
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