になって黙っていると、
「お二人ともいい方なんでしょう。そうして、芸術に理解の深い方ね。それに、第一貴女がとても、信頼されていたんでしょう。これじゃ興行ごとに、切符の百枚や二百枚は、引き受けて下さるだろうと思って、私すっかり嬉しくなっちゃったのよ。」と、勝手なことを話し出すので、新子はすっかり憂鬱になって、だまりつづけていた。
「ねえ。」
「………」
返事をしないでいると、姉の手がまた肩にかかった。
「私、お目にかからなくっても、前川さんという方想像が出来てよ。だから、貴女が急にダメになるなんて、考えられないの! ねえ、どうしたの? 私だって、ガッカリしちゃうわ。」
姉の利己的な考え方に、あきれて涙も出なくなってしまった新子は、顔を上げて姉の顔を見直した。
「貴女、ほんとうに前川さんのところよすつもりで帰ったの。一体、どうして?」
「お願いだから、今訊かないで……」
「でも、よしたことはよしたの。」と、なおしつこく訊くので、新子はうるさそうに、
「ええ、前川さんのところはよしたの。でも、それだけが悲しいのじゃないのよ。いろんなことが、一しょくたになって悲しいのよ。」と、ややこらえ性
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