て、圭子は明かに不満の色をうかべ、
「まるで、ヒステリイね、前川さんのこと、ダメになったの。」と、立ち上りながら、手もちぶさたに妹を見おろしていた。

        六

 新子は、姉から前川家のことをいわれると、にわかにまた、いやな気持になってしまった。姉から、あんな非常識な無心が来なかったら、あんな事件も起らなかったかもしれず、また起ったにしたところで、金銭上の負い目さえなければ、もっと朗かで居られたのにと思うと、この惨めな暗い気持の原因のいくらかは、姉にもあるような気がして、急に語気も荒々しくなって、
「前川さんのことなんか聞かないでよ。そんなことを心配するくらいなら、あんな心ない無心なんかどうしてするの?」と、いった。
 姉も、少しタジタジとなって、
「それは、私がわるかったわ。でも、あのことで、前川さんの方がダメになったのじゃないでしょう。だって、あの無心は快く聴いて下さったんでしょう。あの翌日、お使いの人がちゃんと届けて下さったんですもの。私、随分感心したのよ。前川さんて、何といういい方かしらって、ご主人がいい方? 奥さまがいい方?」
「………」
 新子が、ますます不愉快
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