て格子戸の開く音がして、外へ出て行ってしまうと、新子は急に泣き出した。
つもりつもった涙で、一たんこぼれ出したとなると、後から後からと止める術《すべ》もなかった。
妹を心から非難することも出来ず、美沢を深く咎《とが》める気にはなれなかったが、ただ自分だけが、羽根をむしられた鳥のように、寂しい悲しい気がした。
家のため、姉妹《きょうだい》のためにと思って、思い立った家庭教師の仕事だった。美沢と、ひたむきに結婚まで進まなかったのも今自分が結婚してしまっては……母が……妹が……と思う心づかいからであったのに。
だのに、たった半月しか東京を離れていないまに、美沢も妹も、自分からはるかに遠い人間になってしまっているのだ。
軽井沢へなど行かなければ……と、やや涙の納まったひまに思い返すと、悪夢のような昨日《きのう》のことが、準之助氏の面影と共に、ハッキリと甦って来た。
あのあやまちも、軽井沢へ行ったためだった。夫人に対する意地と反感と、準之助氏から受けた同情と好意と自然の脅威を前にして、人間同士がお互にすがりつこうとする本能から、ついあんなあやまち[#「あやまち」に傍点]を犯してしまっ
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