るとは思っていなかった。幼かったとき、姉がよく玩具《おもちゃ》などについての無理を聞いてくれたほどの手ぬるさで、許してくれると思っていた。だって、お姉さまは、美沢さんに不即不離だったんだもの、私の方がハッキリ愛しているんだものと、思っていた。だから、姉がこんなに狼狽し、こんなに悲しがるとは思わなかった。それで彼女も、悲しくなって、うつむいて、靴下の爪先に、ぽたりと涙を落した。
 しかし、もうどうすることも出来なかった。
 その涙も、一分も経たない内に収まってしまうと、かの女は、姉に露骨にいってしまった晴々した幸福の方が、ムズムズ強くなった。
 お姉さまは、何とかあきらめて下さるに違いないと思った。
 日曜日ごとに会おうということは、本当は美和子の方からいい出したので、今日も美沢がほかに用などの出来ない内にと、一刻も早く出かけたかった。
「お姉さんが、こんなに急にお帰りになると思わなかったんだもの……だから不意にこんなこといっちゃって……」いいわけにもならぬことをいいながら、階下《した》へ降りる機会《しお》を、計っていた。

        五

 美和子が階下《した》に降りて行き、やが
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