ある女性の趣味として、せめて化粧品だけは、筋の通ったよい匂いのするものを使いたいという慾望をやっと抑えているだけに、妹の使っている七円もするウビガンのケルク・フルールの小さいやさしい瓶に、非難の眸を向けずにはいられなかった。
二
「圭子姉さまが、この間《あいだ》資生堂で、ドウランを買う時、一しょに買いなすったのよ。」
美和子は、云いわけをしながら、小さい唇に、タンジーの紅《ルウジュ》をつけている。
「そのほかは、みんなマックス・ファクター専門なの?」
妹を非難する新子の心も、鏡台の前の各々好もしい形をしたマックス・ファクターのクリームやローションや粉白粉《こなおしろい》の瓶の形の好もしさに緩和された。
新子も、それを見ている内に、一瞬いそいそとした気特になり、そのまま美和子の立った後に坐って、コールド・クリームで顔を拭き始めた。
「ねえ、お化粧品だけは、いつでもこんなの使っていたいわ。ねえ。お姉さま。私、指輪だの時計だの帯どめなんか、ちっともほしくないの。」
「貴女、随分お洒落《しゃれ》になっちまったのね。」
「ええ。」
あまりに、釈然とした返事だったので、
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