致しません)
 とにかく、一刻もいたたまれないような、言葉で新子を追い出したに違いなかった。
 すぐ、夫人の押した呼鈴に応じて、女中がはいって来た。
 夫人は、だまったままで、良人に、
(お訊きになっては!)という、顔をした。準之助氏は、さすがに夫人の前で、夫人に踊らされて、そんなムダな問いを発したくなかった。
「別に用はなかった。テーブルの上を片づけてくれ。」といった。

        八

 常に、つねにそうであるように、夫人とは是非を論ずることは、出来なかった。論ずれば、そこに大破裂があるだけだった。
 準之助は、今も夫人の巧妙な、意地のわるい仕打ちの前に、うんともすーともいえず、ズシーンと重く暗く、心が沈んでしまい、ただ一刻も早く夫人が外出してくれればと祈るばかりであった。
 だから、彼は夫人が、誘いに来た添田夫人と一しょに出かけるが早いか、すぐ新子の部屋に駈けつけてみた。
 机と座蒲団のほか、その人のらしい荷物は影もなく、室内塵一つ止《とど》めない寂しさ、整然さ――準之助氏は、急転直下の勢いで、自分の心が、地の底へめり込んで行くのを感じた。
「おい! おい! ちょっと。」彼
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