えはないと思いますし、あんな散歩好きの人だと、どういうところを、ウロウロするか分りませんし、狭い軽井沢ですもの、貴君とご一しょのところなんか人に見られたら、私の顔にかかわることですものね。子供なんか誰にだって、馴れますわ。何もあの人に限るわけのものではありませんわ。」
夫人の性格の中には、やさしさとか素直さとかは、薬にしたくもなかった。すべてが、皮肉で、意地わるで、厭がらせで、しかも鋼鉄の針のように、鋭かった。
だから、素直に、正面からやきもち[#「やきもち」に傍点]を焼くなどということは、彼女の誇《プライド》が絶対にさせないことである。
(どう? こう、私が云えば貴君は、何も文句はないでしょう)と、そんな眼顔で、準之助氏をながめやりながら、夫人はもうこのことは、片づいたと云わんばかりに、
「何時かしら、添田さんは、随分遅いわねえ。」と、空うそぶいている。
準之助氏は、心の中の烈しい動揺を、じっと抑えて、
「南條さんは、帰るとすれば、いつ帰るのかね。」と訊ねてみた。
「あの人も、憤《おこ》り虫らしいから、私に暇を出された以上、一晩だってこの家にいないでしょう。もう帰ったのかもしれ
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