で、いいじゃありませんか。」ときめつけた。
七
母の不機嫌な顔を見て、祥子は危くベソをかきそうになりながら、
「だって、お熱なんか、もう先《せん》からないわよ。」と、云ったが、夫人はもう返事をしなかった。ベルを鳴らして、女中を呼ぶと、子供達を連れ去るように命じた。
そして、手ずから良人に、コーヒを注いで、手渡しながら、
「私が、貴君《あなた》よりも善良な人間であることを、今日悟りましたわ。」と、子供が居なくなると、果然ねちねちした調子に変った。まさに遠雷の音をきくような気味わるさであった。準之助氏は、少しあわてて夫人の顔を見直した。
「貴君は、ウソつきですわねえ。少くとも、あの南條という家庭教師よりも……」
たちまち、遠雷は頭上に来た。しかも、夫人は意地わるく、呆気に取られている良人の顔の前で、微笑した。
準之助氏は、もう万事発覚したのかと蒼くなっていると、夫人は静かに、
「私やはり、家庭教師を替えることに致しましたわ。」
「どうして?」準之助氏は、思わずせきこんだ。
「だって、あんな散歩好きの人、ほほほ……困るわ。夕立の中で、散歩するような人、ほほほ困りま
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