言葉にも、夫人は興味がなさそうに、子供達の方は見やりもせず、レヴァ・トーストばかりを、少しずつ、ちぎってたべている。
 と、前庭に、自動車のはいって来る音がした。
「添田さんが、見えたかね。」準之助氏が問うと、夫人は笑いながら、首を振って、
「違うでしょう。まだ七時ですもの。」
「じゃ、誰だろう。お客さまか。」
「いいえ、私の用事。」と、答えたままだまってしまった。
 自動車は、五分間ばかり止っていたと思うと、すぐエンジンの音を立てて、軋《きし》み出る気配がして、やがて時々鳴らすサイレンが、だんだん遠くなって行った。
 軽井沢へ来てから、昼間あまり、かけずり廻るので、夕ご飯がすむ頃には、もう眠くなってしまう小太郎だった。
 眼の上を、ちょっと不機嫌そうにしかめながら、
「眠いよ! ママ、もうお湯にはいらなくてもいいでしょう。」
「あんまり食べるからですよ。ご飯中、ねむくなるなんて、そんなお行儀のわるいことじゃ駄目ですよ。顔だけでも、洗ってからお休みなさい。」という母に祥子が、
「ねえ、ママ、祥子、明日から南條先生に教えて頂いてもいいでしょう。」と訊いた。
「そんなことは明日になってから
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