は、時を選ばないのね。おかげで、主人は、ハンチングは風に取られたというし、そりゃビショぬれで、ひどい目に会って、帰って参りましたよ。」
 新子は、身内から、サッと血が引いて行くような感じだった。
「南條さん。さっきは、貴女からひまを取るというお話でしたが、今度は私から、今すぐひまを取って頂くことに致しますわ。どうぞ、出来るだけ早く、この家からお引き取り下さい!」
(|出て行け《ゲット・アウト》!)西洋の映画にあるとおり、扉《ドア》を指ささんばかりであった。

        五

 祥子《さちこ》の誕生した頃には、すでに前川夫妻の間には、大きな愛情の間隙が、出来ていた。
 一つの屋根の下に住み、外面はあくまで夫妻であったが、しかし良人《おっと》は、心の中で妻に、さじを投げていた。が、生得上品な性質である上に、外国に長くいたために、女権主義者《フェミニスト》であり、平和主義者であり、煩わしいことが、嫌いであるので年々悪妻の強さを発揮している綾子夫人を、当らずさわらず、取り扱うことに馴れてしまったのである。
 その上、愛児の生長が彼を家庭につなぎ止めているのと、酒をたしなまず、花柳界の趣味
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