いと存じますのですが……」と、細々した声で、詫び入ると夫人はさも面白そうに、陽気な表情で、ながめながら、
「南條さん、貴女《あなた》、主人とこのことで、お話しになりましたの?」と、明るく訊ねた。
「はア。」と、思わず返事したが、すぐハッとなっていると、夫人はかまわず続けた。
「主人と、いつどこで、お話しになりましたの?」
新子は、ギョッとして、眼顔で夫人の心中を探るように、顔を上げた。
「南條さん、貴女、さっきの夕立のとき、どこに行っていらっしゃいましたの。」友達のように、隔てのない物云いで、夫人の眼はいたずらっぽく、輝いていた。
「旧道の方へ出かけておりまして。」新子は、よんどころなくそう答えた。
「そうお。じゃ、その道で、主人とお会いになってお話しになりましたの。」
「はア。」退引《のっぴき》ならず、新子は真実の先端を、チョッピリ夫人に打ち明けた。
「そうお。」夫人の笑顔が、急に権柄《けんぺい》ずくな常の顔に変った。
つと立ち上ってビクトロラの傍に行って、またスキーパの曲に、針をあてがうと、ビクトロラに寄りかかるような姿勢をしながら、嘲笑を浮べて新子に話しかけた。
「貴女の散歩
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