とても辛かった。
 主人とのことがあったために、夫人との間にわだかまりが出来たような気がして、夫人の部屋へ行くことが、とてもおっくうだった。
 しかし、もうやがて、夕食の時間である。謝りに行くのなら、今の内、でなかったら、今日中には、機会を逸してしまう。
 かの女は、やっと勇気を出し、自分で明るい気持を作りながら、夫人の部屋の扉をノックした。
「お入りなさい!」
 新子は、扉をそっと開けて、静かに足を踏み入れたが、容易に夫人の顔を振り仰ぐことが出来なかった。
「あら! 南條さんだったの!」珍しいことがあるもんだと、いわぬばかりの口調であった。

        四

「先ほどのお詫びに参りましたの。先刻は……」と、いい難きを忍んで、立ったまま丁寧に小腰をかがめると、夫人はひどく上機嫌で、
「まあ。こちらへ、おかけなさいましな。」と、招いた。
 夫人と相対して、長くはいづらいので、早くこっちの意を伝え、早くこの部屋から逃げたいので、
「はア。」と、ありがたく受けたものの、椅子にはかけず、その脇に立ったままで、「私、奥さまさえ、許して下さるのでしたら、やっぱりお子様達のお世話をさせて頂きた
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