りそうなので、新子が勇気を出して、口を開いた。
「僕もいささかこわいですよ。中へおはいりなさい。一緒に居ましょう。」と、準之助氏は、窓ぎわから離れた。
二人は、両方から部屋の中央に歩み寄った。
一足先へ、この空家にはいった準之助氏の心には、新子に対するなまめいたある感じを抑えることが出来なかった。
嵐に包まれた家の中に、二人ぎりでいる。お互に、身近く立っていると、準之助氏は、さっき坂を下《おり》るとき、手を取ってやった新子の雨にぬれた生暖かい肌の感触が、ゾッとするほど、心の中に生き返って来た。
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家庭の嵐
一
夕立は、その始まり方の凄《すさま》じさ、速《すみや》かさと同じように、幕切れもアッケなく早かった。
雨は水沫《しぶき》だけのように、空一面に、細《こまか》く粉のように拡がった。風も、それに準じて、勢いを収めて、見る内に、山の頂きには青空が顔を出した。
雷の八つ当りは、もう大丈夫だろうかと検《ため》すように、森の中でかっこうがホルンを吹奏した。
天と地との間には、もう鬱積がなくなったように、快い風と光とが躍りはじめた。
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