ることが、何か物めずらしく、物新しく、びんのおくれ毛が、頬にくっつくのを気味わるく思いながらも、心は興奮し、はずんでいた。
 間もなく、傍の窓|硝子《ガラス》を、風雨に抗しながら、わずかに開けた準之助氏が、
「玄関は、内から鍵がかかって、とても開きそうにもありません。貴女は裏口から廻っていらっしゃい!」と、叫んだ。

        七

 新子も、軒下に立ってることは、とても辛かったので、いそいで軒つたいに、雨を避けながら裏口の方へ廻った。
 と、勝手口は閉《ふさ》がっていたが、そこから一間ばかり向うの半間ほどの入口の扉《ドア》が開いていた。そこからはいってみると、バスと洗面所《トイレット》との間の廊下で、空家らしい気持の悪い温気《うんき》をたたえて、壁や天井が薄白く光っている。外人が建て、外人が住んでいたらしく、畳の敷けそうな部屋は一つもなかった。
 食堂らしい部屋を通りぬけて行って、準之助氏の居ると思われる部屋をソッとのぞくと、そこは、サロンらしく壁に薪をくべるらしい大きい炉が切ってあり、中は山小屋《カッテイジ》らしく作られており、腰の低い窓が、いくつか開《あ》いている。
 その
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