無言だった。
右側の林の中を、見えがくれに小川が流れている。時折、鶯《うぐいす》が鳴き、行く手の道を、せきれい[#「せきれい」に傍点]が、ヒョイヒョイと、つぶて[#「つぶて」に傍点]のように横切って飛んだ。
N博士の別荘から、左に折れると、落葉松《からまつ》の林の間に、外人の別荘地が少し続き、やや爪先上りになった道を、峠の方へただわけもなく歩きながら、準之助氏はまだ黙っていた。
黙っている相手をどう扱っていいか、新子はやや困惑しながら、しかし自分の方から話しかける場合でないので、やっぱり黙って歩いた。
峠道にかかると、楓《かえで》や樅《もみ》やぶな[#「ぶな」に傍点]の樹などが、空もかくれるほど枝を交していて、一そう空気がひんやりとして陽の色も暗くなった。
ポタリと頬に露が、
「雨じゃないでしょうか。」新子は立ち止った。
「いや、樹の雫《しずく》ですよ。お疲れになりましたか。」と、準之助氏は立ち止って、おだやかに云った。
「いいえ。」と、新子は首を振った。
静かな空気の中で、パッとマッチの火が白く光った。準之助氏は、うまそうに煙草を吸いながら、
「いかがです、ずーっと、この
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