すべきであった。
準之助氏に、何と云い出そうかと、思い悩んでいたので、部屋にそっと、はいって来た小太郎の手が、肩にかかるまで気がつかなかった。
「はい、先生! これパパから。」肩に置かれた小さい手から、眼の前に白い紙片が降った。
「まあ! 小太郎さん。」振り向いた新子の顔が、案外笑顔であったので、小太郎も笑った。
「さよなら。」でも、小太郎はまだ少し、テレていると見え、ふざけたおじぎ[#「おじぎ」に傍点]を一つして、すぐ部屋を駆け出して行った。
新子は、レター・ペイパーを二重に折った書付を開けてみた。
今日のことごかんべんありたし。なお、お願いしたきことあり、今すぐサナトリウムの前にて、お待ち下されたし。
と、書いてあった。
このわずかな文字は、彼女を生々とさせた。もうすべてのいきさつ[#「いきさつ」に傍点]を知っている準之助氏が、自分を引き止めてくれるのだろう。もし、そうなれば、自分も難きを忍んで、夫人に謝りに行こう。彼女は、準之助氏が自分を部屋へ呼ばないのは、夫人を憚《はばか》っているためであろうと思った。その方が、自分も話しやすい。
彼女は、コンパクトを出して、涙
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