きれながら、顔色を蒼白くさせて、きっと夫人の顔を見守った。
 この相容れざる二人の間には、ささいな問題から思いがけない突風が、吹き起ったのである。
 夫人は云いつづけた。
「第一、貴女が私の家にお客に来ている若い男の人と、すぐ馴々しくなって、散歩に出たり……また最初ご注意したと思いますが、貴女は家庭教師として、来て頂いているんですから――決して私の家の親類でも家族でもないんですから、子供達とあまり親しくして頂いてはこまるんです。子供達が貴女を女中のように、使い廻すようになったらおしまいですからね。子供に本を読んでやるなどということは、女中のすることですからね。」と、一気に云うと、綾子夫人はいかに積もる忿懣《ふんまん》の情に堪えないと云うように、椅子の背に身体をもたせて、絹よりもなめらかな麻のハンカチーフを両手の中でもみしだいた。
 新子は、女性としての悪徳である、嫉妬心、高慢、わがまま、邪推というようないやな物ばかりを、つつしみもなく、さらけ出す夫人に対して、思わず冷笑が浮び上るのを、ジッと噛みしめながら、椅子から腰を浮かせると、一歩退いて、ハッキリと、
「私の致しました一々のことが、
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