そんなにも奥さまのお気に召さないとすると、致し方ございませんから、おひまを頂きたいと思いますけれど……」と、云った。
 新子が、充分謝りもしないで、すぐ反抗的に出た態度が、グッと夫人の神経を、いらだたせたらしく……。
「私は、貴女にそんなことを云わせようとして、お呼びしたわけじゃないんですわ。ただ、お年若な貴女に、ご注意をしたかったまでなんですの……」と、わざと少し声をやわらげて云った。夫人の趣意は、新子を思うさま、やっつけることであり、新子が、今までの家庭教師に比して、ずっと秀れていることを、心の内では認めているだけに、これを機会に追い出そうという肚《はら》ではなかった。
 しかし、もう新子の心は、定まっていた。
「ご好意はありがとうございます。でも、この先お邪魔致しておりましても、奥さまのご希望どおりになれますかどうですか!」
 綾子夫人は、新子の最後の言葉を聞くと、サッと顔色を変えて、肘掛椅子から立ち上ると、
「では、どうぞご自由に。」と切口上だった。

        六

 新子が出て行くと、夫人は左右の手の中指と母指《おやゆび》とを、タッキタッキと交互に鳴らしながら、姿見の
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