よ。」
組んでいる腕と腕との間が、しとしと汗ばんで、美和子の言葉を聞いていると、彼女の軽い腕が、千鈞《せんきん》の重みを持って来る。
「ねえ。」美和子は、また立ち止った。
「何だい。」
「貴君が欲しいと云えば、私あげるものがあるのよ。」
「ええ。」
思わず、その顔を見ると、その暗い闇の中で、美和子は眼をつむって、桜んぼの堅さを思わせるような型のよい愛らしい唇を、心持上へさし出して……。
美沢は、身体の中で、何かが砕けて行くような気がするのを、グッとこらえながら……これは処女ではないのだろう。
(もしそれならちょっとだけホンのちょっとだけ。花の匂いを嗅ぐだけなら)そうした意慾が、チョロチョロ燃えた。
「度胸がないのねえ。」
木の実のような赤い唇が、チラチラ白い歯をこぼして……。その言葉で、美沢は、鞭打たれたように、いきなり抱き寄せると、一瞬天も地もなかった。二人は、闇にとけたように……。
「厭《いや》。厭。そんなのいや。」
いきなり、美和子は美沢を突き退《の》けると、三、四間先へ走った。
夢見心地を、つきのけられたのが、思いがけなかったので、息を弾ませながら、追いついた。
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