…」
「皆、私を子供と云うわ。でも、私もう子供じゃないわよ。何でも分っているのよ。」
 彼女はちょっと立ち止まって、
「ねえ。美沢さんも、新子姉ちゃんがいないで、寂しいでしょう。だから、私ちょっと慰問に来て上げたのよ。ほんとうはそうなのよ。」
「何を下らんことを!」
 美沢は、本気に少し腹が立って来たので、美和子を振り捨てるように、足早に歩き出した。

        八

 美沢が、足早に歩き出すと、美和子はすかさず、追いかけて、
「ねえ。」と、改めて彼の腕に縋《すが》りながら、
「私、美沢さんに初めてお会いしたの、去年の三月よ。」
 美沢が、だまっていると、いよいよ美沢の胸に首をすり寄せながら、
「貴君、覚えていない?」
「覚えているよ。麹町の家でだろう。お茶を出して、すぐ逃げてしまったじゃないか。それから二、三度会ったけれど、いつも居るなと思う瞬間にパッと逃げて行ったりなんかして、ふざけたお嬢さんだと思っていたよ。」
「どうして、逃げたか知っている?」
「そんなこと知るもんか。」
「貴君に顔を見られるのが、とてもきまりが悪かったからよ。その頃から、私貴君に顔を見られると変だったの
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