に値切ってしまった。
車へ乗ってから、美沢は訊いた。
「どこへ行くの。」
「訊いちゃいや。出来たら、眼をつむっていて……」
「僕を誘拐するの。」
「女ギャングよ。」そういって、小さい右手をピストルの恰好にして、美沢の横腹にさし当てた。
「くすぐったいよ。」美沢は、その手を握っておしのけた。
七
自動車は、美和子に命ぜられていたと見え、公園裏のコンクリートの大道を、入谷から寛永寺坂にかかって、上野公園の木立の闇を縫い、動物園の前で止まった。
「どう、ここから池の端へ降りて、不忍《しのばず》の池の橋を渡って、医科大学の裏の静かな道を一高の前へ出て、あすこで梅月の蜜豆を喰べて、追分のところで、別れるの。少し長いけれど、いい散歩《プロムネード》コースじゃなくって、さっき活動を見てから考えたの。」
美和子は真面目にしているのかふざけているのか分らないが、とにかくこのコースは、いかにも恋人同士が選びそうな人目の薄い散歩道である。こんな所を歩きたがるとすれば、女として彼女を警戒する必要がある。そう、美沢が思った途端、水銀のように変化の早い彼女はもうそれと悟って、美沢の警戒を
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