で、二人は予定通り、大勝館へ行くことにして、円タクに乗った。
 大勝館で、美和子は「ズー・イン・ブダペスト」はお終いまで、神妙に見たが「ジェニイの一生」になると、中途まで見て、
「ねえ、出ましょうよ。」と、いった。
 美沢は、見ても見なくてもよかったし、美和子はのん[#「のん」に傍点]気に見えても、帰りを急いでいるかもしれないと思って、だまっていわれるままに、外へ出た。
「面白かったわ。『ジェニイの一生』なんていうの、いや。あれを中途まで見ている内に、散歩のプランが浮んだから、出てしまったのよ。」六区の雑沓《ざっとう》の中へ出ると、すぐ美和子がいった。
「まだ散歩するの。」
「だって、これからすぐ帰っても暑いわ。」
「どんなプラン?」
「私に委せて下さらなきゃいや、貴君のお家の近くで蜜豆を喰べるのだけれど、その前にちょっと散歩したいの。」
 時計は、まだ八時を少し過ぎたばかりであるし、美和子の子供っぽい願いを、無下に斥けるのも何となくいじらしく思われたし、
「うん。」と、いってしまった。
 うんと聞くと、美和子はもう、小走りに松竹座の前の大通りに出て、そこにいる「空車」の一つを、三十銭
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