「美沢さんなんか、こわくないわ。新子姉さんに、甘いところ、さんざん見ているんだもの。そんなおどかしきかないわ。ねえ、シネマへ行きましょうよ。」

        六

 時には、妖婦《ヴァンプ》のように色っぽく、時には天真爛漫の子供のように無邪気な美和子を、美沢は持ち扱いながら、結局……妖婦《ヴァンプ》らしいところには、眼をつむって、愛らしい少女らしいところだけを、見ておればいいのだと思った。
 新子の妹として、映画へ連れて行ってもいいだろうし、こうして無駄口を利いていることも、新子を偲《しの》ぶよすがにもなるだろうと思った。
 しかし、彼の官能が、新子などにはとても見られないような、美和子の新鮮さに刺戟され、楽しまされていることは事実であった。
 もう、一しょに出かけることになって、母親の帰りを待つ間に、美沢は美和子から、洋服を着せられてしまった。
 弟を連れて、親類の家に行っていた母が帰って来ると、美沢は美和子に母を紹介したが、その紹介が結局帰りがけの挨拶のようになって、美和子は美沢と連れ立って、弥生町の坂を逢初橋《あいそめばし》の方へ降りて行った。
 ここからは、浅草が一番近いの
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