君《あなた》の家へ来るの初めてだし、小母さんいるんだし、少し気取っていったのよ。」
 子供らしく、艶《なま》めかしくいいながら、
「ありがと。もういいの。」と、美沢の手から団扇を取り上げると、ストンと脚を投げ出し、横坐《よこずわり》に坐った。

        三

「お姉さんの芝居、なかなか好評だね。」と、美沢がいった。
「貴君も見たの。」
「ああ、一昨日《おととい》。」
「なあんだ! じゃ、あれ見に行かなくってもいいわ。ズー・イン・ブダペストって、活動見に行かない?」
 ハッキリした二重瞼の大きい瞳を、浮気っぽく動かしながら、甘えかかった物いいをした。
 暑い陽が、カッと部屋の中に射し込んだので、美沢は立って、簾《すだれ》をおろした。
 立ったついでに、階下《した》へ行ってお茶を持って来るつもりで、美和子の背後《うしろ》を通ろうとすると、
「ねえ、どこへ行くの?」と、美しい滴《しずく》のような眼が、彼を見上げた。
「お客様には、お茶というものがいるからさ。」
「厭《い》やン。いやだわ。初めて来たお部屋に、一人になるの嫌い。ここにいて、ねえ! お茶なんか飲みたくないわよ。お婆さんじゃ
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