駅まで送って行ってあげるわ……駅へ行くの少しおっくうだけれどいいわ……このままでいいんだから……」と、云いさして良人《おっと》の方へ視線を向けて、
「逸郎さんを送って行ってもいいでしょう。ねえ、ちょっと行って来ますわ。」と、云った。いつものとおり、傍若無人で良人の意志など問題でないようであった。
「ちょっとまた、支度しますから……」と、云って、奥へ引き返すと、お化粧を仕直して、帯をしめ直したらしく、十分近くも皆を待たせてから出て来た。
 自動車に乗った二人を、新子は丁寧に頭を下げて見送った。
 サイレンの響きが、かすかになった頃、準之助氏は新子に、
「四谷谷町二七でしたね、さっき電話をかけておきました。もし、お姉さんが留守だったら、劇場の方へお届けするよう、云い添えました。貴女からも、お姉さんに、電報をお打ちになったら、どうですか。そして、お姉さんに、物質的なことは心配なさらないで、専心に舞台の方を、おやりになるよう、激励しておあげになったらどうですか。」かゆい所に手の届くような心づかいだった。まるで、自分に対する親切と好意の権化のように思われた。
 もうその人に対する心の警戒も遠慮も
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