の電報も、断りの電報も、打つ気にならなかった。自分に、こんな電報を打ってよこすなど、ただ自分を苦しめ悩まし、不愉快にするだけではないか。
新子は、収まらぬ胸を落ちつけるつもりで、机の上に置かれてある、朝刊を取り上げた。
朝の内に、主人が読み、その次に夫人が読む、夫人は朝寝であるから、新子のところへ新聞が廻って来るのは、いつも祥子の勉強が了ってからであった。
三面をザッと読んでから、文芸欄を開いて、随筆や時評などを漫然と読んでいると、ふと「新劇研究会の公演」という見出しが眼についた。埋草のように六号で組まれたものだが、姉が関係していることを知っているだけに、新子の眸はひきつけられた。
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二十五日より今月末まで、S劇場で旗拳《はたあげ》公演をしている、小池利男氏の統制下にある若い素人《しろうと》の劇団だ。出し物のうち、ルノルマンの「落伍者の群」は、稽古が足りない恨みがあるが、どこか新鮮な力の溢れている演出だ。殊に白鳥洋子の「彼女」は傑出している。恐らく、今度の公演での唯一の収穫だろう。聡明な理解に充ちた演技だ。この人の未来を嘱望せずには居られない。(IT生)
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