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 読みおわると、新子は胸がおどった。姉の圭子が問わず語りに、
(妾《わたし》、もし舞台に出るのであったら、白鳥洋子という芸名にするの。どう、白鳥洋子と、いうの?)と、いったのを思い出したからである。
 姉は、実生活に、のんきで出鱈目であるだけに、一方にこんないい天分が、かくされているのだ。短い寸評だけれども、これ以上の認められ方なんて、ありゃしないわ。
 そう思うと、新子は姉に対する感激で胸に、グッと熱いものが、こみ上げて来るのだった。
 今の今まで、姉に対して、懐《いだ》いていた不愉快な感情までが、カラリと拭われたように無くなってしまった。そして、姉がずーっと、自分よりも、貴い人種のように思われて来た。
(そうだ! あの無心のお金も、きっと今度の公演に必要欠くべからざる金なんだわ。女優なんかになることは、大反対の母に断られて、止むを得ず、自分に訴えて来たのだろう。わずか、三百円で、姉の女優としての素質が、ハッキリ認められるのなら、こんなに廉《やす》いことはないわ)
 S劇場の舞台で、観客を前にして、芝居をしている姉の姿が浮び上って来た。「落伍者の群」なら、
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