です。構わなかったら、きかせて下さいませんか。」準之助氏は、たまりかねて訊いた。
「先生のママさんが、ご病気なの?」と、腺病質で、勘のいい祥子までが、大きい眼を刮《みは》って、愛らしく新子に訊いた。
 新子は、危うく涙になりそうな微笑で、首を振り、準之助氏の方を見上げながら、
「ほんとうに、何でもございませんの。姉のつまんない勝手でございますの。お聞かせするような筋じゃございませんの。」と、いった。
「じゃ、姉さんが、用事があるから、すぐにでも東京へ帰れとでもいうのですか。」
「いいえ、そんなことでもございませんの。」
「じゃ……」準之助氏は、しばらく考えて「貴女《あなた》に無理な依頼でもして来たのですか。」
「ええ。まあ……」と、新子は言葉を濁した。
「依頼って、どんな性質のものですか。」
「つまらない、出鱈目《でたらめ》な事なんでございますの。」
「というと……」準之助氏は、じっと新子を見つめながら、追及して来た。
 新子は、ちょっと身がちぢむような気がした。相手は、あくまで紳士的に、礼を失しないように自分の窮状を察してくれようとするのであったが、それ以上は訊いてもらいたくはなかっ
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