したときに、私働きたいって、お話ししたら、ちょうどあの方のお兄さんが、家庭教師を探しているんですって、日曜だったら兄もきっと家にいるから、一度会いにいらっしゃいって、おっしゃって下さったのよ。今日これから、伺ってみて、私に勤まりそうだったら、おねがいしてみるつもりよ。」
「だって、お前は美沢《みさわ》さんと、結婚するのじゃないのかい!」と、母は気をきかして云った。
「いやなお母さま。だしぬけに、そんなことを。」物に動じない新子の頬が、かすかに染まった。
「だって、美沢さんは、随分お前と親しそうじゃないか。」
「私が、今結婚してしまったら、お母さん達どうなるの。」
「それも、そうだけれど……」
「それに、美沢さんだって、結婚できるような身分じゃないわ。それに、お友達としては、いい方だけれど……。とにかく、私午後から、前川さんのお宅へ伺ってみますから。」そう云って、新子はお昼の支度にと、台所へ立った。
 ここへ引っこして来たとき、女中には暇を出したが、長年奉公している六十に近い婆やだけは、今更出すにも出せなかったし、母から、つねに口やかましくいわれながらも、それを気にしないで忠実に働き、買
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