。
「先生だって、面白いのよ。ねえ、先生!」
「ええ。とても。」と、新子も真面目に肯いて読みつづけた。
準之助氏は、本を読んでいる新子と、仰のけに寝ながら、新子の読む声に聞き惚れて、美しい黒目を一章一章に、うごかしている祥子とを、何か楽しい観物《みもの》のようにしばらく眺めていた。
そのとき、あわただしい足音がして、扉《ドア》がノックされて、
「どうぞ!」と、新子が答えるのも待たず、女中がはいって来て、新子に電報を手渡した。
(今頃、何の電報!)と、思う胸騒ぎを、じっと抑えて、読み下すと、
[#ここから1字下げ]
アスマデニ三〇〇エンツゴウシテクレ、イノチガケニテタノム、アネ
[#ここで字下げ終わり]
と、いう電文だった。
姉の唐突な無法な依頼に、呆れて新子の顔は、サッと蒼ざめた。
一昨日の金は、着いたのだろうか。着いたとしたならば、その上に何の急用あっての金だろうか。恐らく母が入用《いりよう》の金ではあるまい。姉一人でいる金としたならば、一体何の金だろう。昨年あたり新聞でよく見た、左傾した女の人達が無理算段の金を作るように、まさかあの姉が急に左傾して、党へ出すとかいう金
前へ
次へ
全429ページ中119ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング