一

 熱は冷めても祥子《さちこ》は高熱が続いた後なので容易に床を離れることが出来なかった。
 それだけ、退屈し切っていて、新子が病室へはいって行くと、すぐねだって、幼年雑誌や漫画の本を読んでもらった。その朝も、新子が病室へはいると、祥子は待ち兼ねていたように、
「ご本よんで!」といった。
「今日はもうよむご本ありませんよ。」
「動物園見物。」
「でも、これは三度目でしょう。」
「三度目だっていいの。」
「じゃ、およみしますわ。」新子は、枕元に坐って、読みはじめた。
 サアどっちからみる? ぼくライオンからみる。あたしゾウから。ゾウともおし。僕等はシシから。あらシシは十六ばんめにみるものよ。アア四四十六か。
 祥子は、もういく度も聞いた洒落《しゃれ》であるのに、ニコニコうれしがっているのであった。ちょうどその時、扉《ドア》が開く気配がしたので、新子が顔を上げると準之助氏がはいって来た。
「また、動物園見物か。何度目だい? お前が飽きなくっても、南條先生は飽き飽きしていらっしゃるだろう。あんまり、先生をいじめちゃいけないよ。」準之助氏は、にこやかに祥子を叱った
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