た。

        五

 子爵は、歩きながら考えた。単数の愛人って、誰だろうか。まさか、準之助氏ではあるまい。でも、昨日《きのう》、新子が負傷した時の、準之助氏の狼狽《うろた》えかたは、少し可笑《おか》しかった。それに、新子を見るときの情熱の籠った双眸! でも、まさかと子爵は、そんな考え方を捨てようとした。
 両側の草原から、絶えず、清々しい香りが立ち上って、胸を気持よく柔らげるのであった。
 小太郎が、大きい揚羽の蝶を見つけて、草原の中へ十間ばかり追いかけて行った。
 しばし黙っていた木賀子爵は、その機会に、
「マダムは、難物ですが、前川氏は、きっといい味方になってくれるでしょう。あの人は、元来|女性尊重主義者《フェミニスト》だから……」
「まあ、なぜ……貴君《あなた》はそんなことをおっしゃるのですの。」
 木賀の云い方に、すぐ賛成するかと思った新子が、思いがけなく反撥したので、木賀は大きく見張った新子の視線を、あわててそらしながら、
「僕が、あの人をほめては、いけないんですか。」と、タジタジしながら云った。
「いいえ。お賞めになっても結構ですわ。でも、私とマダムと対立でもして
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