いから、あの人に毅然として対抗しているから。」小太郎に分らないようにいった。
新子は、子爵の現実を避けない愉快な物いいに、明るくのびのびと笑った。子爵はつづけて、
「でも、それだけが楽しみじゃないでしょう。愛人《アミイ》だって、お在りになるんでしょう。」と訊ねた。
「ございましてよ。貴君のように複数でなく、単数で……ほほほ。」
「は、はア。これはたいへん失礼致しました。失礼ですが、先刻のハンカチーフをお返し下さいまし……」
相手のあざやかな応酬に、新子はポッと赤くなりながら、さっきから返しそびれてキレイに畳んで懐《ふところ》にしまっていたハンカチーフを返した。
三人は、やがてブレッツを出た。
若い男と女との会話は、全く磁石のような力を持っているものだ。まして、新子の情感に溢れたほがらかな言葉づかいは、相手にひしひしと浸み込んで行くような性質のものだった。
だから、わずかの間ではあったが、子爵の心には、新子に対する深い親愛と好意とが湧き上った。
しかし、最後の言葉が、いけなかった。単数の愛人《アミイ》あり! それは(われに、近寄り給うな)と、いう警笛《アラーム》のようにも聞え
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