でしょう。木賀逸郎といいます。どうぞよろしく。」と自分で正式に紹介した。
「はア、私は南條新子と申します。どうぞよろしく。」と、新子がすっかり親愛の度を深めた微笑で、答えると、小太郎が傍《そば》から、
「逸郎兄さんは、愛嬌がいいんだってさ。」と、いったので、子爵は急に真赤になって、
「小太坊、生意気なこというな!」と云った。
「だって、ママがパパにそう云ったんだものオ……」と、小太郎はすましていた。
コートのスタンドは、ほとんど外人ばかりだった。
子爵は、知合いらしい亜米利加《アメリカ》人夫婦と何か隔てなく、話し合っていた。新子は、子爵の英語を相当なものだと感心して聴いていた。
新子は、富も位置もあり、教養もあり、容貌にも健康にも恵まれている青年が、前川別荘に来て、高慢な夫人の、相手をしているなど、本当に夫人が好きなのであろうか。それとも、愛人がないので閑暇《ひま》なんだろうか。どちらにしても、何だか少し気の毒のように思った。
しばらく見ていると、青年はズボンのポケットから新しい四角にたたんだ麻のハンカチーフを出すと、新子に渡して、
「顔を掩《おお》うていらっしゃい。洋服ならい
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